2014年1月31日金曜日

いつもより。。

今朝はいつもより20分遅く起きてしまった。
理由は昨夜いつもよりとこについたのが遅かったという事だ。
それにもやはり理由がある。
復職プログラムに参加していた仲間と久し振りに会ったからだ。

プログラム終了後、21時まで飲み会に参加した。
楽しい時間を久し振りにとった感じがした。
問題はその後だった。
いつもと変わらないことをいつものようにやっていた。
それがいけなかったのだろう。

遅く起きたからといって朝のコーヒーはやはり飲んでいた。
世話しないあさでもほんの一息つく事は無くしたくなかったのだ。
気持ちの上での余裕は大事なのだと改めて思った。

それができたのも、いつも普通の人よりも早く家を出ているからだ。
そう出来るように休職中に十分な準備をしてきた。
いつもの時間には必ず起きていたからだ。

人間は環境に順応できる生き物だという。
だからといっていきなり行動を変化させることは出来ない。
十分過ぎるほど時間をかける必要があるのだと思う。
今の私があるひとつの理由になると思っている。

復職プログラムに参加できたということも自信につながっていると思う。
事故で入院した以外、休みなく通えたからだ。
それは、これまでに無かったことだ。
そこに参加するまでにある程度の準備が出来ていたのだろう。
不安に思っていた再発への心配が要らないのではないかと思う。

やはりメンタル面のフォローは大事なのだと思っている。
復職間での焦りや拒否感は当然あったのだが、そこで踏み留まったのだ。
進むだけが生きる道ではない。
立ち止まることも大事だ。
だが、それには意外と勇気が必要だ。

そのためには今の自分を受け入れる必要があるのかもしれない。
受け入れて自分の状態を把握する必要もあるのだろう。
そうすれば目標は立てやすい。

これからも立ち止まることを忘れないようにしたい。
それが未来に続く道かもしれないと思うからだ。

2014年1月30日木曜日

集中力

ubuntuの話の続き。

昨夜はLineをインストールした。
一昨日はインストール出来なかったのだが、その原因がwineのバージョンが古いせいらしいという事が解ったので、それをアップデートしたら上手くいった。
ACCESSはどうかと試してみると起ち上がりはするのだがフリーズしてしまう。
もうすこしといった感じだ。
wineのバージョンアップを望んでいる。

大体良い感じなのだが、ubuntuの印刷環境はプアだ。
プリンターの性能をフルに使えない。
エクセル互換ソフトからの印刷は不満が残る。
まぁ仕方のないことなのだろう。

この間の作業は集中力が途切れることがなかった。
仕事の時は1時間が良いところなのだが、こういうところは違うようだ。
しかし、終わるとドット疲れが出る。

この差は一体なんなのだろう?
好きなことをしているからなのだろうか?
仕事においても特にやらされている感はない。
自分で作っている作業だからだ。
先のことを考えた作業なので、虚しさもない。
ただ、内容が単調なのだ。

私は長時間黙々と作業を続けることが苦手だ。
すぐに飽きてしまう。
興味が他に移りやすい。
要するに気分屋なのだ。
ここは直した方が良いのかもしれない。

調べるという作業は割りと好きな部類に入る。
自分の中に没頭しているからかもしれない。
こういう作業を取り入れても良いのかもしれない。
あとはそれを応用する。
そういう作業が面白い。
ただ、そういう作業はなかなか無い。

けれども、そう言う作業のしかたもありなのだろうと思う。
そういう作業を目指して、今日も単調な作業をこなしていこう。
この作業はきっと無駄にはならないと思いながら。。

2014年1月29日水曜日

諦め

昨日の続き。

デスクトップをWindows7に戻そうとしたのですが、それが出来ず、結局Ubuntu環境で使わざるを得なくなった。
しかし、Accessが使えないのは痛い。
色々調べたところWineというソフトでWindowsソフトが動くらしいというのが解り早速インストール。
確かにインストールはできた。
しかし、いざファイルを開こうとするとパラメーターを聞いてきて動かない。
すべてが動くわけではないとソフトの説明では言っているので、仕方がないと思った。

しかし、このままでは痛い。
そこで普段使っていないノートパソコンを引っ張り出す。
これならAccessは動く。
しかしここにも問題があった。
印刷が出来ないのだ。

一時はその時だけプリンターに繋げようかと思った。
しかし、ここで思い出したのがPrimoPDFというソフトだ。
これでレポートをPDF化して、出力先をDropboxにしてみたところ上手く印刷できそうなことが解った。
とりあえずこれで決着をつけた。

結局昨夜は諦めたのだ。
未だ不満はあるが、全く使えないよりは良い。
Skypは問題なく使えるので全くダメという訳ではなく、プライベートでの必要最低限のことは出来るのだ。

この一件を振り替えって、諦めるという事も大事なんだろうという事だ。
いつまでも出来ない事を引きずってしまうことはストレスになる。
現状で満足できないことも時間をかければ出きる可能性もあると思う。
一旦諦めて出きる方法を探す、それが大事なのだと思う。

いま、この件は諦めている。
しかし、絶対に出来ないとは、まだ思っていない。
もう一度、チャレンジしようと思っている。
何か方法はあるはずだと思いながら。。

2014年1月28日火曜日

Ubuntu

今日は昨夜の失敗談を。。

ちょっと浮気心を出してデスクトップパソコンにUbuntuを入れてみた。
ところがこいつは古いばーじょんでSkypeが入らない。
それなので最新バージョンを手にいれた。
インストールしてみても古いバージョンしか起ち上がらない。
Windowsを入れ直しても上手くいかない。
結局デュアルブート環境を諦めて最新バージョンをインストール。
今やUbuntu野マシンと化してしまった。

これで何が不自由かというと、実はそれほどでもない。
SkypeとDropboxはインストールできたし、オフィスの互換ソフトも入っている。
メーラーも設定できた。
一応これで8割がたは問題ない。

しかし、困ったことがある。
セキュリティソフトが未だ入っていない。
LineとAccessが入れられないのだ。
まぁ、Lineはインストールの方法がネットにあった。
トライしてみる価値はあると思う。
それが出来ればAccessも可能なのかもしれない。

私は時々こういう事をやらかしてしまう。
後先を考えないのだ。
常にカットアンドトライだ。
ある意味これは人生の姿勢にもいえるのかもしれない。

上手くこれがはまってくれると物事は上手くいく。
だが、逆の場合もある。
今回の件はどちらなのだろう?

要はこれをUbuntuの勉強の機会と捉えれば良いのではないだろうか?
実際、Windowsには少々飽きてきたし、良い機会なのかもしれない。
最悪は元に戻してしまえば良いのだ。
週末ならば時間もある。

以前はこういう考え方は出来なかったとおもう。
小さな良くないことも全ての悪いことと繋げていた。
いわゆる「考え方の歪み」だ。
それが出てこないということは、少しは考え方がましになったのかもしれない。
さぁ、今夜もUbuntuと格闘だ。

2014年1月27日月曜日

普通の感覚

会社のすぐ傍を電車が走っている。
池上線という3両編成の小さな路線だ。
私が毎朝使っている路線のひとつだ。

この路線に乗るのは大体7時頃だ。
都内を走っている路線だが、この時間帯でも結構人は乗っている。
この路線の終点から都内に散らばっていくのだろう。

私は以前、通勤電車に乗るのが酷く憂鬱だった。
朝襲ってくる憂鬱感の殆どが出掛けることに強い抵抗感があったともいえる。
確かに朝出掛けるのは早いのだが、それだけではなかったと思う。

何故なら現在はそれを感じないからだ。
仕事に対して特別モチベーションが高いわけではない。
休日の夜など、翌日は会社だと思うと良い気分ではない。
それでも朝に憂鬱になることはなくなった。

「普通」に通えるようになったといえるのだろう。
それは通勤がらみの気分だけではない。

私はこれまで普段の状態でも常に憂鬱だった。
生きていても何も良いことはない。
そう思ってきた。
だから薬のオーバードースなどは何度も繰り返してきた。
それは今ではない。

人生について希望をもっているわけではない。
さりとて絶望しているわけではない。
諦めているというのか、無理に希望を持とうとしていないのだ。
素晴らしい人生を経験したいとは思っていないのだ。

それはきっとギャップの落差が小さくなったのかもしれない。
今のままの人生を維持することだけをいつも考えている。
それだけで満足しているのだ。
産業医はレベルアップしろというが、私はそうしないつもりだ。
欝な気分さえなければそれなりに生きていけるからだ。
無駄な希望は持たない。
それで良いのだと思っている。

人はポジティブな考え方が良いという。
意識してそうあろうとする。
それでは常にストレスに曝されてしまうのではないだろうか?
そして、それが積み重なっていくと心は病んでしまうのではないだろうか。
果たしてその生き方はポジティブなのだろうか?

今の自分の立ち位置をしっかりとキープする。
それで良いように思う。
そうしていれば余力が出てくる。
その時にまた一歩踏み出せば良いではないか。
それが積み重なってくればいつしかレベルアップしている。
それで良いではないか。
それがストレス社会の生き方のような気がする。

2014年1月25日土曜日

かかる時間

病院の診察も終わり、薬局で薬を待つのみとなった。
ところが、これに40分ほど待たされるようだ。
内科通院の日はどうしても半日が潰れてしまう。

しかも、薬代が3万前後かかるという。
まぁ、自分のかかっている病気だから仕方がないのだが、それにしてもなんとかならないのだろうか。。

もっとも、精神安定剤の方も正規に支払えば1万円弱かかる。
いずれも好きで病気になったのではないのだ。
特に精神面の方は外部の人間に責任がある。
そいつらは何の責任も負っていない。
何か不条理に感じる。

精神面の病は難しい。
多くの場合、自分には責任はなく、他人に責任があるからだ。
そのために病気になってしまったのに、負担は自分自身にはねかえる。
どうにも納得は出来ない事実だ。

それでも、やはり病院には通わなければならない。
精神面の病気は放置すると悪化し、人を苦しめてしまうからだ。
そんな中で、この病気には未だ理解者は少ない。

理解が少なかった病気のひとつに「糖尿病」がある。
かつては「贅沢病」といわれ、陰口を叩かれていた。
基本的には自覚症状はない。
強いて言えば常に気だるいといったところだ。
ただ、合併症が怖いのだ。
目が見えなくなったり、四肢が壊死したり、時には意識障害巣すらある。
命を落とす場合もある病気だ。
なのに、理解者がいない。

基本的に弱者が理解されることは少ない。
そして発言することすら許されていないうような環境にある。
そんな国で福祉がどれだけ進むのだろうか?

選挙や増税の時には福祉や社会保障を声高に訴える者達も、それが終わってしまうとどこ吹くかぜだ。
弱者の事をどれだけ意識しているのだろうか?

理解されないことは世の中に多い。
嘆いていても仕方がない。
一歩でも踏み出さなければ、そんなふうには思うのだが、未だそれは出来ない。
自分のことで精一杯だからだ。。

寒さ

今日は天気予報では暖かいという。
けれども、朝スクーターで出掛けたときは、軽く震えるくらい寒かった。
未だ朝の内という事もあるのだろうが、天気予報は当たるのだろうかという気持ちがある。

最近の天気予報はあまり当たらない。
スーパーコンピューターなどを導入していてもだ。
それだけ最近の気候は予測しにくくなってきたのだろう。
私はあまり予報に左右されはしないのだが、やはり雨や雪などの予報は当たってくれた方が良い。

よく「世間の風」という言葉を耳にする。
それは不幸を感じていると特に実感してしまう言葉だ。
主に社会や人との接し方の事をいうのだろう。
うまく言ったものだと思う。

今の私にとって世間の風は冷たいのだろうか?
実はそれがよく分からないのだ。
基本的に一人の人だし、だからあまり人と接しない。
声をかけてくれる人も僅かだが居てくれている。
けれども人恋し差は拭いきれない。

人恋しいのは異性の友人を欲しているのだからだと思う。
心の隙間はどうしても出来てしまう。
同姓の友人でもそれは多少埋められるのだが、それだけでは出来ない性質のものもある。
けれども、いわゆる性的な関係は強く求めてはいない。
むしろ精神的な繋がりを求めている。
体の一部にぽっかりと穴が空いてしまったようなのだ。

こういうものは結構厄介だ。
人間関係を築くのに問題のある私に異性との関係を築くにはハードルはかなり高い。
だからといって諦めることは出来ないようだ。
困ったものだと思っているが、これも時間をかけるしかないのだろう。。

病院の朝

病院の朝は早い。
今日は大学病院の通院日なのだが、朝7時の時点で、多くの人が受付機の開くのを待っている。
患者数が多いからと言えばそれまでなのだが、実にこんな時間によく来るものだと感心する。

そういう私もそんな中の一人だ。
私の場合は事前の検査があるので、その結果が出ないと診察は出来ない。
つまり予約の時間に間に合うように来ても、一時間以上も待たされるのだ。
そんな人も大勢居る。

日本人はこういう待たされるときのマナーは良いそうだ。
キチンと列を作って順番を待っているそうだ。
これが他の国では案外出来ないらしい。

ところが、そんな日本人も他の事ではマナーの悪いところが目に付く。
優先席しかり、エスカレーターしかりだ。
ともすれば平気で他人を突き飛ばしていく。
困ったものだと思う。

こういう人間に以前は強い怒りを感じていた。
そしてその怒りをぶつけていた。
どうしても許すことが出来なかった。
こういう人間は人の事を思いやることが出来ない。
そう思っていたからだ。

どうして、そこまで怒るのか?
それはやはり生育歴の中に原因がある。
いわれのないいじめを長い間受け続けてきたからだ。
だから人の事を思いやれないのは理不尽なことだと思っていた。

けれども、最近はそこまで怒ることは少なくなってきた。
その感情が無くなったわけではない。
そういう人間は情けない奴だと失望するようになったのだ。
どうせ注意しても分からない。
そう思うようになってきたのだ。

その心境の変化がどこから繰るのか、実は良く分かっていない。
薬の効果というものが大きいとは思うが、それだけではないだろう。
とはいえ、その原因を求めようとは思わない。
怒ることは同時に自分を苦しくさせる。
だがそれで現実が変わるわけではない。
他人を変えることは出来ないのだ。

だからなのか、今の私は自分を変えようとしているのかもしれない。
苦しむことは損なのだから。。

2014年1月24日金曜日

眠気

今朝は起きるのに時間が掛かった。
うっかりするとうたた寝をしてしまうほどだった。
今日一日気合いが必要になるだろ。

理由は分かっている。
昨夜、一昨夜と寝る時間が遅かったのだ。
生活のリズムが崩れた結果だ。

生活のリズムは休職中に最も神経を使ったところだ。
これが乱れてしまうと辛くなってしまうからだ。
だから修正しないといけない。

こういうことは言葉で言うのは簡単だ。
けれども自分をしっかりと律しなければならない。
ともすれば人間は乱れていく生き物だからだ。

パターン化した生き方には変化がなく面白味に欠けるのかもしれない。
そこには工夫が必要なのだろう。
だから私はくつろぐ時間をなるべく入れるようにしている。

リラックスすることは大事なのだと思う。
心に余裕がないとまた以前の状態に戻ってしまうと思うからだ。
今は何よりも安定した生活を送ることに注目している。
レベルアップなどは必要ないのだ。

私は現状維持で十分だと思っている。
それ以上のことを望むとストレスになってしまうからだ。
普通はレベルアップは大事なことだと云われているが、そうしてしまうと出来ない自分と向き合ってしまう。
それは大きなギャップを生んでしまう事になるのだ。
世の中にはそういうことを分からない人がいる。

うちの会社の産業医がそうだ。
まあ、所詮会社側の人間だ。
こういうことには疎いのだろう。
けれども、この姿勢はどうかと思う。

生活のリズムはすぐに取り戻せるだろう。
少しだけ意識すれば良いのだ。
休職中に比べればそれほど難しいことではない。
道から外れ出したらすぐに軌道修正する。
それで良いのだ。
そういうことも病気と付き合うという事なのだろう。。

2014年1月23日木曜日

昨夜の出来事

昨夜は予定をしていなかったが4時間ほど出掛けることになった。
いつも行くお店のマスターに誘われたからだ。
どうも人恋しくなったようだ。
結局、少しお付き合いして、そのあと歌を唱いに行った。

その人もまた人恋しくなる要因を持っている。
まあ、私とは事情は違うのだが。。
人はどうしても人を求めるようだ。

人はどうして人を求めるのだろう?
ひとりで生きられればどんなにか楽ではないだろうか?

ひとりで生きるということは変化のない日々を過ごすという事ではないだろうか。
単調な日々は人を憂鬱にする。
そんなときに誰かがいれば変化も生まれてくる。
勿論、生き甲斐も出来るだろう。
だから人は人を求めるのかもしれない。

ただ、若い頃と違ってこの歳になると出会いは少なくなる。
私の場合、まだ人が苦手だと云うこともあって、それは更に少なくなる。
人恋しくても解決の糸口が見つけにくい。
どこかにそれはないものか、その事をいつも考えている。

それでも、そう考えることは苦痛ではなくなっている。
やっと第二の人生が始まったのだから焦ることはない。
思い続け、工夫をしていけばきっとそれは解決される。
そう思っているようだ。

もしかすると、こういうことが希望なのかもしれない。
たぶんそれは消極的なものなのだろう。
自分には積極的という言葉は似合わないからだ。

昨夜は結局もう一人が合流して三人になった。
事情は異なるが、それぞれが人恋しさを感じている。
我らに幸あれ、そう思う夜であった。

手帳

私のスマホは手帳と化している。
FacebookやLineなどは入っているが、それ以外は通信けいのアプリは入っていない。
スケジュール帳、家計簿、糖尿病手帳、よく使うアプリだ。
もちろん、ゲームなぞは入れていない。

スマホは小さいのでこういうアプリが似合う。
それでも、スケジュールはパソコンやタブレットがメインになっている。

元々私は紙の手帳が嫌いだ。
字がとても下手だからだ。
スマホを手にいれる前は電子手帳を使っていたくらいだ。

文字もそうだが、以前の私は自分が嫌いだった。
いつまでも幸福になれない自分の運命が嫌いだった。
今思えばそれがいけなかったのだろう。
人生を諦めていたのは。。

今はどうなのかと云うと自分が好きになった訳ではない。
まぁ、付き合っていってもいいかなと思うくらいだ。
幸福だとも思わないが、不幸だとも思わない。
朝、欝になることもない。
変われば変わるものだ。

これまで朝欝になっていた原因のひとつがここにあるのかもしれない。
人生を不幸だと感じていたので、毎日は惰性で生きていた。
人生を諦めていたので、それを自らの手で終わらせてしまおうとさえ考えていた。
だから、仕事と言う形で束縛されるのが嫌だった。
それが欝の原因だったのだろうと思う。

原因のひとつに目が行き、それが打ち消された今、再発の可能性は少なくなっているのかもしれない。
あとは生き甲斐か励みになるものが出来るともっと良いのかもしれない。
今は人恋しさが心のな化で首をもたげてきている。
とはいえ、なかなか出会いと云うものがない。

それでも、ベースの部分が変わってきているので、絶望はしていない。
きっといつか、それも解決されるだろう。
そういう内容が、私の手帳の中に入力されるのを待つことにしよう。

2014年1月22日水曜日

昨夜、雪がちらついた。
帰宅の時に微かにそれらしいものがちらついたが、今朝のニュースでそう言っていたけれども、積もってはいなかった。

今年はまだ積もるほどの雪は降っていない。
ありがたいことだと思う。
積もってしまうと路面が凍って危ないからだ。

ふと思ったのは、心の状態にも似たようなものがあるのではないかということだ。

子供の頃、雪が降ることは嬉しかった。
それがいつのまにか迷惑な存在となった。
積ってしまうからだ。

すべてがそうだとは言わないが、心の病はいきなり発症するのではないと、私は思っている。
強いストレスに長時間晒されることによって発症するのではないだろうか?

私の生育歴がそうだった。
子供の頃に受けるのには強いストレスを長い間受け続けてきた。
まるで雪が降り積もるように、それは心の奥に積っていったのだ。

積もりすぎるまでに何度かサインが出たのだが、当時は今ほど心の病に理解がなかったため、それは放置された。
結果、積もりすぎたストレスに心は押し潰された。

そうなってしまっても、心の中の雪は止むことがなく、心のなかも冷えきっていた。
降り積もったストレスは融けることなく積もり続けた。
故にそこから脱することが出来なかった。

積もりすぎた雪はなかなか融けない。
時間をかけていかなければならない。
私の心もそういった状態だった。
ここまでくるのに2年の時間が掛かった。

それでも、その時間は人生の長さ、生育歴の長さから比べれば短いものだと思う。
2つ以上の対策が実施されたからだと思う。
そう、時間の問題を解決するためには、複数の工夫が必要なのだ。
しかし、それは誰にでも出来るわけではない。
時期を待つ必要はあるのだ。
そして始めのうちは効果は薄い。
じっくりと構える覚悟が必要だ。
だが、渦中にいるとそれに気付きにくい。

私の心の問題はまだ解決されたとは言い難い。
ゆっくりと時間をかけていかなければならないのだろう。
それは時間をかけて消えていく雪解けのように。。

2014年1月21日火曜日

人間の反応

前に母が亡くなった時に泣けなかったということを書いた。
周りが泣いているのに、自分だけが妙に冷静でいたのだ。
自分は何故、泣けないのだろう?
自分はとても冷たい人間だ。
そうも思っていた。

けれども、やはり私も泣いたのだ。
それは母の体が焼かれて骨になった時だ。
しかし、母が居なくなったことに泣いたのではない。
骨になったことで人が物になってしまった虚しさに泣いたのだ。
思えばその時には発症していたのかもしれない。。

人は時に常識とは違う反応を見せる時がある。
以前、火傷で入院していた時、耳の中が膿んでしまったことがある。
当然、切開をしたのだが、これが言葉で言い表せないほど痛かった。
局部麻酔をしていたにも係わらずだ。

その時、私は悲鳴を上げたのだが、同時に笑っていたのだ。
それは私にとって異常な体験だった。
しかし、医師の話では異なった言葉が返ってきた。
人は極度の痛みを感じた時には笑うのだそうだ。

そんなことはありえない。
常識で考えればそうなのである。
しかし、私が体験したことは事実であるし、医師の言葉もまたハッキリと聞いたのだ。

人は時に理解のできない反応を見せることがある。
そのメカニズムは分からないが、きっと自分を守るための反応なのだろう。

私は泣けなかった時がある。
そして理由もなく泣いた時もある。
それぞれは常識で考えにくいことである。
恐らく、その時は自分を守ろうとしていたのだろう。
それはサインだったのかもしれない。
でも、私はそれに対してきちんと対応はしなかった。
それが今に繋がったのだと思う。
自分を守ろうとしていたのだろう。。
サインは見逃さないこと。
その言葉は重くのしかかってくる。。

涙もろさ

最近、涙もろく感じるようになった。
実際に涙を流すわけではないのだが、感動しやすくなってきた。
何故なのだろう。
母親が死んだ時も泣けなかったのに。。

それでも、涙もろくなってくるきっかけが解っているだけいい。
以前はそのきっかけすら解らなかった時があった。
何の前ぶりもなく涙が流れる、そんな時期があった。

欝の症状を持つ人からも、同じようなことを聞いたことがある。
やはり何もないのに泣けてくるのだそうだ。
そうなると、これは欝の症状なのかもしれない。。
最近はこのようなことはないので、やはり改善されてきたのだろう。
そのかわり感動しやすくなった。

子供の頃はよく泣いていた。
その度に「男の子なのだから泣いてはいけない」と諭されたものだ。
それは結構大きなストレスだった。

まぁ、大人になる頃までにはそれは治った。
子供の頃よりも耐性がついたのだろう。
けれどもその後は、何もないのに泣けてくるようになった。

勿論、声に出すほどではないのだ。
知らない内に涙が流れてくるのだ。
だから誰にも気づかれることはない。
ただ理由のわからない感情が心の片隅に浮かんでくるのだ。

テレビドラマなどで感動させるシーンに出会うとじわりと涙が出そうになる。
これは異常なことではない。
でも、その回数は多くなった。
ちょっとしたことで感動している自分がいる。
感受性が豊かになったということなのか?
あるいは寂しさを感じているからなのか?
一人だから誰にも気兼ねすることはないのも一つの要因なのだろう。
だから気にすることはないのだ。

それでも、喜怒哀楽を表すことは私は苦手だ。
いつも仮面を被っている。
そんな風に感じる。
それもいずれ治っていくのかもしれない。

2014年1月20日月曜日

日常と非日常

今朝も会社に早く着いた。
いつもよりは少し早いが変わることのない日常が始まった。
これはこの先も変わることはないだろう。

いつもと変わらない日常。
会社と家の往復でしかない日常。
それで良いのかという自分が首をもたげてくる。

私は休職をしていた時、平凡な日々を送ることが幸せだと思っていた。
それで復職を目指し、リワークプログラムにも参加した。
ある程度症状が治まってきた時、復職出来るのではないかと云う気持ちを抑えて、あえてその道を選んだ。
半年間、リワークプログラムに参加することを日課にして、復帰にソフトランディングした。

そんな中で、今繰り返される日常に疑問符を投げ始めた。
非日常を求め始めたのかもしれない。

休日の行動もほぼ一定になってきた。
病院に行き、洗濯などをして、1時間ほど外出する。
これが休日の日常だ。
そんな中で、昨日はスマートフォンのOSをアップグレードした。
この部分がいつもとは違った行動だ。

いつもと違った行動はやはり楽しい。
集中力もかなり続いた。
けれども、これは毎回出来る事ではない。
やはり心は非日常を求めている。

そこにはギャップはないのだろうか?
ストレスを感じる要因のひとつに、自分が望んでいる姿と現実とのギャップがあるという。
無い物ねだりの非日常を求める心は、このギャップを生むのではないのだろうか?

果たしてギャップがあるということは全てが悪いことなのだろうか?
人は理想と現実の中を生きている。
こうなりたいという理想を誰もが抱いている。
そして、それを現実のものにしようと努力する。
それを「向上心」というのではないだろうか?
それを持つことは大事なことだと私も思う。

しかし、理想と現実のギャップが大き過ぎると、理想は現実にはなりにくい。
そうなると人は苦しむのではないだろうか?
では、どうすれば良いのだろうか?

私が思うに理想と現実のギャップが小さければ苦しみも少なくなるのではないだろうか?
高すぎる理想を抱くよりも、手に届く理想を持てば、自ずとギャップも小さくなる。
それならストレスも少なくて済むし、向上心も手放さずに済むのではないだろうか?

だとすれば、今求めている非日常はどんなものになるのだろうか?
今、私が求めているのは、人との繋がりだと思う。
けれども、私は人付き合いが上手くない。
そこにギャップがある。
いきなり多くのつながりを求めるのには無理があるだろう。。

そうなれば、時間をかけていけばいい。
今のところ、特に急がれているわけではない。
それがギャップを埋めることになるだろう。
そうしていくことが、私の非日常とすれば良いのではないだろうか。。

2014年1月19日日曜日

外気

今朝方、雪がちらついたと朝のニュースが報じていた。
幸い積もるほどではなかったので、いつものようにスクーターで出かけた。
といっても、近所の中古屋で面白そうなものを探して、いつもの紅茶専門店に来ただけなのだが。。

それにしても外気は寒い。
手袋をしているので、手が悴むということはないが、足元が寒く、スクーターに乗っているときは震えていた。
冬だから仕方が無いと言ってしまえばそれまでなのだが、それでも寒いのは辛い。

それに引換え室内に入ると心地よい。
店内の窓側の席に着くと日差しが暖かい。
風は冷たいが太陽からの暖かさは確実に伝わっているということだろう。

心に問題があると世の中で生きていくのがとても辛い。
全てが敵にさえ思えてしまうのだ。
そうして思う、自分は何故、救われないのかと。。

確かに救いの手というのを感じることはない。
そういう時に手を差し伸べてくるのは新興宗教だ。
私のところにもそれはやってきた。
だが、それで救われるというのは、まやかしだと思う。

苦しいところから脱するのには、やはり自分の力でしかない。
悲しいことだがそれは事実だ。
では、それが出来ない者は救われないのだろうか?
それに対して答えることはとても辛い。。

辛い時、他人の幸せというものが余計に目につく。
見てしまうと辛いとは分かっていても目に入ってしまうのだ。
だから余計に救われない。

では、世のかなには全く救いの手は無いのだろうか?
そうでもないのかもしれない。
全て人がそうではないかもしれないが、家族のある人は家族が救ってくれている面もあるような気がする。
どんな状態であっても、家族だけは見放してしまうことが難しいからだ。
だから傍にいてくれる。
それは、家族がいるうちには分からないのかもしれない。。

社会保障や医師なども救いの手を差し伸べてくれているひとつだろう。
それは決して十分ではないのかもしれないが、全く無いとはいえないと思う。
最低限、生きていくことは出来るのだ。

そういうものは丁度冬の日の窓際にさす日の光に似ているのかもしれない。
外気は寒く、吹く風は厳しくても、室内に入り感じる日差しは暖かい。
私達は外気の温度を基準にしてものを言いやすいが、実はそれだけではないことに気づいてはいないのかもしれない。
厳しい寒さの中、そんな場所に気づき、退避場所を作ることが必要なのかもしれない。。