2012年9月28日金曜日

人格障害者?

このブログを「人格障害者の日々」としていて、これまで心の問題に触れずにきた。

そこで少しこの問題に触れてみようと思う。

私が心療内科に通い始めたのは、十年くらい前になる。

そのころから妙に怒りっぽく、時には暴力に訴えるときと、深く沈み込んで何もできない時を繰り返していた。また、自殺未遂をしたこともあった(これは小学校の頃からだ)。

通い始めた頃の意志は私に診断の結果を話さなかった。

ただ妻には「一生治らない」とは伝えていたようだ。

そして私は焼身自殺を図った。

なぜそんな方法を選んだのかは、今になってもわからない。

今、私の体には火傷の跡が大きく残り、左手の薬指と小指が動かなくなっている。

それからは通っていた心療内科から治療を断られ、病院を探すことになった。

けれども簡単には見つからなかった。

そうしているうちにあるカウンセラーと出会い、その人の紹介で今の心療内科にたどり着いた。

治療は七、八年ほど続いている。

それでもまた自殺未遂をはかった。

こんどは私の持病、糖尿病でで使っている「インシュリン」の大量摂取だ。

これをきっかけとしてカウンセリングはカウンセリングは終了した。

主治医は今でも治療を続けてくれている。

私の「心の問題」をずっと探り続けてくれていた。

長く「人格障害」としていたようだ。

一口に「人格障害」といってもいろいろと種類がある。

しかし私はそのどれにも属していないとカウンセラーから言われてもいた。

治療を続けている中で、昨年の11月にひどい鬱状態になり動けなくなった。

当然会社にも行けなくなり、紆余曲折して休職状態になった。

そして現在、主治医は私の「心の問題」の招待をつかんだと言った。

病名は「双極性障害」、昔で言う「躁鬱病」だ。

確かに私の状態はこの「双極性障害」に当てはまる。

躁状態の時は精神的に浮き上がっていて起こりっぽく、鬱状態の時は何もできない。

この精神状態の波を穏やかにするために、現在薬を調整している。

ある薬を増やしたり、量を減らしたり、止めたりとしている

これを一週間毎に行ったいる。

主治医の意図は一生飲み続ける薬を決めようとしているのだそうだ。

今私は軽い躁状態の中にいる。

人と接しない環境にいるので、家族や他人に迷惑をかけずにすんでいる。

悲しいことではあるが、心に問題を抱えてしまった場合、なるべく人と関わらない生き方をするしかないように私は思う。

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